2019年11月20日
社会・生活
HeadLine 副編集長
竹内 典子
最近、週末に調べもので近所の図書館を訪ねる機会が増えた。足繁く通っていると、入口近くの児童向けコーナーの盛況ぶりに気付いた。多くの子どもが低いテーブルで絵本を広げ、食い入るように読んでいるのだ。こうしたほほえましい姿を見ると、子どもの頃を思い出す。お気に入りの絵本を開けば、物語の世界に迷い込むような感覚に陥り、何度も読み返したものだ。
そんな絵本の「絵」に着目し、夢の膨らむ商品作りに取り組む会社がある。有限会社オノ・グラフィックス(本社東京都町田市)は絵本からヒントを得て、かるたやパズル、トランプの神経衰弱に似た「メモリーカード」などを製作・販売している。代表取締役の小野潔(おの・きよし)さんにどんな思いで商品を作っているのか取材した。
オノ・グラフィックス(https://onographics.com/)の小野さん
(写真)筆者 RICOH GRⅢ
小野さんがオノ・グラフィックスを設立したのは1993年。児童向けの出版社に勤めていた時、営業先の幼稚園の玄関で一枚のポスターをふと見かけてヒントを得た。有名な絵本作家の作品が、月日の流れを映して色あせていたのだ。「原画はもっと色鮮やかで生き生きしているのに...」と残念に思い、「子どもたちに絵本の絵の素晴らしさを届けたい」と思い立つ。
まずは原画の色の再現からと、美術館向け展示用複製画などを製作する工房に作業を依頼。商品の品揃えも必要と考え、紙製玩具の開発にも着手した。当時としては珍しく、絵本作家に書き下ろしてもらったイラストや絵本の中の絵を二次利用。かるたやメモリーカード、パズルなどを展開し、今までに商品総数は約70点を数える。
オノ・グラフィックスで扱うメモリーカードやパズルは、600~800円と手ごろな価格に設定されている。小野さんは「家族経営なので、特に売れ筋に走ることはありません。作家と話し合いながら、内容が楽しいものをリーズナブルな価格で提供しています」と話す。その姿勢が幼稚園や保育園の現場から支持され、記念行事などで園児へのプレゼントとして選ばれるようになった。
その中で特に思い出に残っている商品を尋ねると、「初めて作った『五味太郎どうぶつメモリーカード』ですね」と小野さん。日本を代表する絵本作家の五味太郎さんによる、ゾウやカメ、ウサギなどの動物イラストが33種2枚ずつカードに描かれている。
どうぶつメモリーカード
(https://onographics.com/172)
(提供)オノ・グラフィックス
遊び方はシンプルだ。前述したようにトランプの神経衰弱と同じく、カードを全部裏返して2枚ずつめくって当てる。または、半分を表(おもて)にして広げ、残りを裏返して積み重ねる。その山から1枚ずつめくり、出てきた動物と同じカードを広げた表の中から素早く取る。
小野さんが五味さんの絵に着目したのは、出版社勤務時代から独創的で温かく色彩豊かな絵柄に惹かれていたからだ。「五味先生の絵をメモリーカードにしたら、カラフルで面白いものができる」と着想。五味さんの承諾を得て、ブックデザイナーの桃原ルミ子さんと動物のチョイスやデザイン、色合いを何度も相談しながら商品化に漕ぎ着けたという。
桃原さんは五味さんの専属デザイナーであり、自らも絵本作家。「何よりも感性を大事にしています。商品を手にしたお子さんが、『わーっ』と目を輝かせて喜ぶ姿を想像し、どんな絵や色ならワクワクしてもらえるのかを常に考えます」―。小野さんが商品のイメージを考え、桃原さんのみずみずしい感性で形にしていく。二人三脚の商品づくりが人気の秘密だ。
桃原さんのイラスト
(自画像)
起業から四半世紀―。幼児向けの紙製知育玩具を作ってきた小野さんが、思ってきたことがある。「かるたやメモリーカードを使って、子どもたちが家族や友達と楽しく遊んでほしい。遊ぶうちに笑ったりけんかしたり怒ったりして...。ゲームはズルすると仲間外れになるから、そういうルールも覚える。そこから社会性や協調性が身に着いていくと思います」―
最後に、今後の展開について聞くと、幼稚園・保育園の送迎バスに絵本の絵を採用したラッピングバスを複数提案中とのこと。例えば、赤いキンギョがバスの車体を泳いでいるデザインは見ているだけで楽しくなる。目を閉じると、喜んでバスに乗り込む子どもたちの笑顔が浮かんできた。「お子さんがバスのお迎えが待ち遠しくなるとうれしいですね」と微笑む小野さん。その頭の中には、まだ開けていない引き出しがたくさんあるようだ。
絵本「きんぎょがにげた」(五味太郎作・絵、 福音館書店)のラッピングバス
(https://onographics.com/category/item/ehonbus)
(提供)オノ・グラフィックス
アナログ玩具は柔軟な遊びに対応
=大宮明子・十文字学園女子大学教授=
子どもは遊びを通して多くのことを学んできた。かるたやパズルなどのアナログ玩具から、ゲーム機に代表されるデジタル玩具に主役が交代する中、発達心理学と認知心理学の専門家である大宮明子教授に取材した。教授はカナダに滞在中。幼児教育の現場を視察しながら、日本との比較検討に取り組む。取材は国際電話とメールで行った。
-遊びが子どもの発育にどんな影響を与えるのか。
子どもは遊びを通して世界を知り、知的にも身体的にも社会的にも発達していく。ワークブックに向き合い、多くの問題を解いたからといって身に着くものではない。
子どもが遊ぶ理由は、いやいやではなく、純粋に好き、あるいは面白そうというそれだけだ。子ども自身の興味や関心が重要。結果として何かができるようになっていた、というのが幼児期の子どもの学び方だ。滞在中のカナダは、国レベルの幼児教育の施策として「遊び中心の学び」を掲げている。
-かるたなどのアナログ玩具の効用は?
子どもはだれかと一緒にやり取りしながら遊ぶことがとても好き。好きな人と一緒に自分が面白いと思ったことをやることが大切だ。年齢が低いうちは、ルールにとらわれず、子どもが理解できて楽しめる遊び方を親が一緒に考えるとよい。
例えば、字がまだ読めない場合は「野菜のカードを多く集めたほうが勝ち」といった遊び方も考えられる。その場合の教育的効果としては、物事を特定のカテゴリーで分ける能力を育てることになる。遊び方を工夫できるという意味で、アナログ玩具は柔軟に対応できる。
少し大きくなってルールが分かってくると、かるたにも勝ち負けがあることを理解するようになる。自分が勝ったということは、子ども自身に達成感を与え、自分の能力に対する自信や自尊心、自己肯定感の向上につながる。
-ゲーム機などデジタル玩具の影響は?
その時々の科学の発達によって、うまく付き合っていくことが子どもの育ちには必要だ。デジタルの利点として「目で見て真似る」という使い方がある。また、外出時に分からないもの、不思議に思ったことがあった場合、簡単にアプリやインターネットで調べられる。分からないことをそのままにせず、その場で調べて納得できてすっきりした、知識が増えて楽しいという体験は重要だ。
ただし、子どもに無制限の使用を認めてはいけない。大人の熟慮と許可の下で使うべき。重要なのは、生身の体験はデジタルでの体験と異なることを子どもが理解しておくこと。氷水の冷たさや、花の匂いなどはデジタルでは体験できないからだ。
大宮 明子氏(おおみや・あきこ)
十文字学園女子大学人間生活学部教授、博士(人文科学)。
お茶の水女子大学人間文化研究科博士後期課程修了。神奈川県立保健福祉大学・北里大学・明治学院大学非常勤講師、お茶の水女子大学人間発達教育研究センター特任講師、科学技術振興機構社会技術研究開発センターアソシエイトフェローなどを経て2016年から現職。
竹内 典子